STARING AT THE WHITEWASH
「・・・・・君は、・・・・・誰?
どうして、・・・・・泣いているの・・・・?」
「驚いたわ・・・・」
ミサトが感心したように呟く。
何より、カヲル自身が一番、驚いていた。
あの時、救われたのは、シンジではなく、自分自身だったのでは
ないかとカヲルは思う。
何方にしても、シンジは自らの意志で、言葉を発した。
そして、他者の存在を認めたのだ。
カヲルという存在を。
「・・・・カ・・・ヲル・・・?」
「そうだよ、僕はカヲル、カヲルっていうんだ。
シンジ君。」
シンジの瞳がカヲルを映す。
ジンジの、現実の境界線はまだとても脆いものなので
彼との会話は言葉を選ばなければならない、とミサトは
カヲルと、カヲルの父に説明した。
「・・・・・シンジさんは、大分良くなられたそうね。」
母が、紅茶を淹れる手を止めてカヲルに声を掛けた。
「・・・・うん、もう大分。」
「カヲルさん、随分熱心に通ってらしたものね。」
母は、穏やかに微笑んだ。
カヲルは、此の母の激する姿を見たことが無い。
いつも、変わらず微笑んでいる。
恐らく、家庭の外で父がしていることも知っているのだろう。
けれど、それを父に問い詰めることもしなければ、責めることもない。
カヲルは暫くそんな母の笑顔を見詰め、口を開いた。
「・・・・・母さんは、構わないの?」
「何のこと?」
カヲルにお茶を出しながら、母は頚を傾げた。
「シンジ君の、こと。」
「カヲルさんは、どう思っているのかしら?」
逆に母に聞き返される。
「僕はシンジ君のこと・・・・反対じゃない。」
「なら母さんは構わないのよ。家族が増えるのですものね。」
母はそう答えると、嬉しそうに笑った。
日々、少しずつそして、確実にシンジは人らしさを取り戻していった。
まずは言葉、そして感情と表情。
それにともない家族については、少しずつ、彼の心に負担が
掛からないように、教えてゆかなければならなかった。
「別に、わざわざ教える必要もないと思うんですけど。
知らないのならその方が・・・・・」
カヲルは、シンジが母の死と失踪した父の事を知ったとき、また、壁を
見詰めるだけの彼に戻ってしまうのではないかということを危惧した。
「・・・・・今は、それでもいいわ。でも、これから先、
彼が本当に強い人間に成るためには、事実を知ることも必要なの。
それに、シンジ君自身が、自分のことをしっかりと見詰められなければ、
また、あの時のようなことになってしまうわよ・・・・」
シンジの声、シンジの仕種、日が経つにつれて、シンジを知ってゆく。
カヲルは一日と置かず、シンジの元へやって来た。
シンジを知る為に。
シンジに、自分という存在を深く刻み付ける為に。
もう二度と壁を見詰めさせない為に。
「カヲル君・・・・。・・・遅かったね・・・」
シンジは穏やかにカヲルを迎える。
けれど、その穏やかさの裏に隠された寂しさを、カヲルは知っている。
「・・・ごめん、今日は少し用事があったんだ。」
鞄を置くと、カヲルはシンジの隣に座った。
「今日の具合はどう?」
「うん・・・食事もちゃんと取ったよ。」
「顔色が大分いいね。」
カヲルは微笑む。
紙のような顔色をしていた以前に比べれば、随分健康的になった。
シンジは病室から出ることが無いので、会話はいつも
カヲルの一方的なものになりがちだった。
それでも、シンジは嬉しそうに、カヲルの話を聞いている。
いつものように、今日あったことをカヲルは話して聞かせた。
「僕、もうすぐ、ここを出れるかな?」
シンジがぽつりと言う。
「・・・・シンジ君・・・・?」
「僕、ここは嫌だ・・・・」
シンジはそう言うと、カヲルから視線を逸らし、白い壁を見る。
壁を見詰めるシンジの横顔。
カヲルは急に不安に捕らわれ、慌ててシンジの手を握った。
「シ・・・・シンジ君、
大丈夫だよ、・・・・すぐに退院できる、だから、
もう少しだけ我慢してくれるかい?」
真摯な眼差しで、カヲルはシンジを見詰めた。
シンジは、表情を崩す。
「・・・・・カヲル君がそう言うなら・・・・・・」
カヲルの言葉に、シンジは笑う。
白い壁を見詰めるだけだったシンジが、笑う。
カヲルはそれが嬉しかった。
彼が笑うのなら、何でもしようと思った。
けれども、どんなにシンジが微笑んでも、その笑顔を消してしまう
時間がきてしまう。
その言葉を口にするとき、カヲルは何時も憂鬱になる。
「シンジ君、・・・・そろそろ帰るよ。」
「・・・・・もう、・・・・帰るの?」
シンジの顔から笑顔が消える。
此の時が、いつも一番辛い。
「また、明日来るよ。」
「・・・・・うん・・・・・」
シンジは俯いて、頷く。
そして、シンジはそのまま顔を上げようとはしない。
カヲルはいつも、それきりシンジの顔を見ることが出来ないまま帰る。
幾ら待っても、シンジが顔を上げないからだ。
「・・・・・じゃあ、シンジ君、また明日、」
諦めて、カヲルはシンジに背を向ける。
「・・・・や・・・嫌だ、嫌だ!
帰らないで!僕を一人にしないでっ!」
カヲルが、ドアに手を掛けたとき、
突然シンジは叫び、帰ろうとしていたカヲルの腕を掴んだ。
「シンジ君・・・・・?」
「嫌だよ・・・嫌だよ・・・帰らないで・・・・!」
今までに、カヲルを引き留めることは一度もしなかった。
それなのに、今日に限ってシンジはカヲルを帰らせまいとする。
カヲルは困惑した。
こんな風に、誰かから感情をぶつけられたことは今までに無い。
そしてその相手は、シンジだ。
「どうしたんだい、僕はまた明日来るよ?
・・・たった一晩待てばいいんだ、シンジ君。」
「たった・・・・・一晩・・・・カヲル君には、そうだよね。
でも・・・・僕には違う!
僕はカヲル君にずっといて欲しいよ・・・・!
一人は嫌なんだよ!
この部屋も!
カヲル君は・・・・・僕のことなんて、
どうでもいいんだ・・・・
僕が一人でいたって、夜が嫌だって、関係ないんだ!
僕のこと、どうだっていいんだ!
どうで・・・も・・・いい・・・・・」
シンジは、そこまで喋ると言葉を切った。
「シンジ君?」
カヲルの腕を掴むシンジの手が、小刻みに震えている。
様子がおかしい。
「・・・・どう・・・でも・・・いい・・・・
ぼ・・・くのことなんて・・・
そうだよ・・・・皆、僕のことなんてどうでも良かったんだ
父さんも、母さんも・・・・
だから、僕を残していなくなったんだ・・・・
だから、僕を平気で、一人にしたんだ!
僕は、いらない子なんだ!
父さんも母さんも、僕がいらなかったんだぁ!
いらない・・・・!いらない!!・・・」
シンジは息を詰まらせ、力の抜けたようにがくりと膝をついた。
嗚咽と共に漏れる、呟き。
溢れだしたその感情をどうしていいのか分からず、持て余している。
「だれ・・・・か、だれかぁ・・・・僕を・・・僕をたすけ・・・て、
たすけてよぉ、たすけ・・・て・・・・・」
カヲルの背筋がひやり、とする。
シンジは、思いだしてしまった。
母の死と、父の失踪、そして一人残された自分。
カヲルが決して、口にしなかったその現実。
カヲルの脳裏を、白い壁を見詰めていた、表情の無いシンジの
横顔が過る。
「シンジ君!」
カヲルはシンジを強く抱いた。
細く震えるシンジの肩。
泪を流す瞳。
繊細な心。
これほど脆く、弱い存在をカヲルは知らない。
自分が抱きしめる、その弱く脆い存在を想うと、眩暈すら覚えた。
「僕は、シンジ君を愛してるよ・・・・・
君のお父さんの分も、お母さんの分も・・・・
君自身の分も・・・・誰よりも、シンジ君を愛している。
この世の中の何よりも・・・・・
だから、シンジ君はいらない子なんかじゃないんだ。
シンジ君がいなくなったら、僕はどうしたらいいか分からない。」
シンジが顔を上げ、泪の溢れる眼差しでカヲルを見詰めた。
「・・・・僕・・・・僕を・・・・愛して・・・・くれるの?」
「とっくの前から愛してるよ・・・・・・
きっと、僕よりシンジ君を愛せる人間は何処にもいない。
だから、シンジ君も僕を愛してくれなければ駄目だよ、」
「でも・・・カヲルく・・・・ん・・・・」
カヲルはまだ何かを言おうとしているシンジの口唇を、
自分の口唇で塞いだ。
シンジは何の抵抗も見せなかった。
驚いているのかも知れない。
カヲルはゆっくりと口唇を放す。
目を開いたまま、シンジは呆けた顔をしていた。
「・・・・・・・・僕が、こういうことするの嫌?」
カヲルは心配になり、シンジに問う。
シンジは、黙ったまま頚を横に振った。
「じゃあ・・・・もっとしてもいい?」
そう聞くと、こくり、と頚を縦に落とす。
目縁に溢れた涙が、頬を滑ってゆく。
カヲルはシンジを立たせると、ベッドまで連れて行き、座らせた。
そして、もう一度、口唇を重ねる。
さっきよりも、もっと深い接吻。
カヲルは歯列を割って、シンジの口中に入り込む。
戸惑いがちに、シンジはカヲルを受け入れた。
カヲルの舌は、甘くシンジを誘う。
そうしている間に、カヲルの手はシンジのパジャマの中に
忍び入り、シンジ自身に触れた。
「ん・・・!」
シンジの体がぴくり、と震える。
カヲルがその指をゆっくりと動かすと、重ねたシンジの口唇から、
吐息が漏れた。
カヲルは口唇を放すことなく、シンジを愛撫する。
力なく下げられていたシンジの手が、カヲルの腕を掴み、
爪を立てた。
「う、ううっ・・・・」
シンジは頚を反らし、カヲルから口唇を放した。
絹糸のように、細く唾液が線をひく。
その時には既に、シンジはカヲルの手の中に、自身の昂ぶりを放っていた。
シンジは泣きだしそうな顔をしてカヲルを見る。
「ご・・・ごめん・・・カヲル君・・・・」
「いいんだよ、そうなるようにしたんだから・・・・」
カヲルは、微笑む。
微笑みながら、もう一度シンジに身を寄せた。
細い首筋に接吻をし
ゆっくりと体重を掛け、シンジを横たえさせる。
そして、再びシンジの下肢に手を伸ばした。
カヲルの細くしなやかな指が、シンジの秘められたそこに
そっと触れた。ゆっくりと、何度も指がそこをなぞる。
「カ・・・・カヲル・・・・君?」
「すこし・・・我慢して・・・・」
カヲルは耳元でささやくように言うと、シンジの堅く閉ざされた
そこに、忍び入った。
「あっ・・・・!」
シンジは眉間を歪ませ、カヲルの腕にしがみつく。
カヲルはシンジの強く閉じた瞼に、口唇をよせた。
睫が微かに震えてえいる。
カヲルの腕を掴む、その手も震えていた。
深く沈んだカヲルの指は、シンジの内を探る。
「ふっ・・・・うっ・・・」
シンジは口唇を噛みしめる。
ふっと、そこに在った異物感が無くなる。
シンジがゆっくり、瞼を上げるとカヲルの顔が目の前にあった。
自分を見詰める、紅い瞳。
僅かに眉を寄せている。
「・・・・カヲル・・・君?」
「シンジ君・・・・いいね・・・・」
そう言うと、カヲルはシンジの膝裏をすくいあげた。
シンジがカヲルの重みを感じたとき、体に激しい痛みが走る。
「いっ・・・・・!」
シンジは体を硬直させた。
シンジのそこは、カヲルの進入を拒むかのように閉じられている。
それでもカヲルは、容赦なくシンジの内部に押し入った。
「あっ・・・・!!」
痛みに堪り兼ねたシンジが、声を上げそうになる。
咄嗟に、カヲルの手がシンジの口を塞いだ。
「だめ・・・・・外に聞こえちゃう・・・・よ...」
「ん・・・ふっ・・・!」
シンジが吐きだす切ない喘ぎは、カヲルの指の隙間から
僅かに漏れた。
カヲルはそっと、シンジから体を放した。
シンジはぐったりとベッドに体を横たえている。
「大丈夫・・・・・?」
「・・・・うん、平気・・・・だよ、」
のろのろと、シンジは体を起こし、自分自身の血液と
カヲルの放ったもので汚れた下半身を見詰めた。
カヲルは、タオルでシンジの腿を丁寧に拭う。
「でも・・・・驚いた・・・・」
下半身を見詰めたまま、シンジが呟く。
「・・・・何、シンジ君?」
カヲルは手を止めて、シンジを見上げた。
「あんなに痛いなんて、おもわなかった・・・・」
本当に吃驚した、という口調でシンジは言った。
さっきまで、カヲルを熱く追い立てるような、淫らな喘ぎを漏らしていた
その口が、子供染みたことを口走る。
カヲルは思わず笑った。
「ごめんね・・・」
「ううん・・・
ねえ、カヲル君・・・・」
「うん?」
「僕を・・・一人にしないでね、」
「一人になんかしないよ・・・」
そう答えてカヲルはしまったな、と思う。
その答えが、必ずしもシンジの為にはならないと
いうことを知っていたからだ。
けれどカヲルは、シンジが自分の死体の側で茫然と座っている処を想像した。
自分が居なくなったら、シンジはまた白い壁を見詰めるのだろうか。
ほかの何も映さず、聞かず、応えず。
「・・・ミサト先生に怒られるかもね・・・・」
カヲルは笑って、そう言うとシンジにそっと
口唇を寄せた。
END・・・・
あとがき
変な終わりかたしてしまった・・・・
勢いで書き始めたので、終わり方を見つけられなくてとっても、困ってしまいました。実は、今日やっと終わりを思い付いたのでございます。
大概の場合、終わりが決まっていて書きだすのですが!今回は全く、何にも
きまっていなかった・・・・まさに暴挙!
前・中・後編と続けて読んでいただければ解るのですが、後編だけお話の調子が
違います。(^^;)これも全て、ワタクシが未熟なため・・・・
時間があいてしまったので、前の調子を忘れてしまっていたのです。
し・か・も・力の配分もしくじっている・・・・
もっと精進いたします(;;)
お戻りはこちら